神様の降りてくる時間

自己満足的に作ったものをポコポコアップしていきます

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自分であることの証明

先日の出来事
通販を始めようかと思いいくつかの通販サイトを見ている
まずはそこがどんな所なのかを知る為に
登録しお買い物をした。

その影響なのか
一件の通販サイトからは頻繁にDMが届き始める
その中に自分が以前作ったモチーフと重なるモノがあった

デザイン性のあるものとは違い
リアル系を追求して行けばどうしてもそこで重なる作品と出くわすことにはなる
のはわかっていながら何故か複雑な気分になった。

真っ先に浮かんだのが
「このサイトに登録した場合どうしても後からの登録となるので
 作った作品をアップしたら誰かに真似していると言われるんじゃないか?」
ということだった。

折角なのでちょっと自分分析をしてみる事に(笑)

一番この瞬間怖いと思ったのはそこだった。
逆を返せば
それを言われなければ問題無いと言う事になる。

人はこういう時『誤解を受けたくない』という心理が走る
誰だって悪意があるわけじゃないのにそう取られたら嫌だと思う。
ひょっとしたら多くのハンドメイドの世界でのパクリ問題が起こる
何割かはこの辺の防御からきているものもあるのではないか?
なんて思った。

ただここでもうひとつ注目したのは
じゃぁ自分がフェイクスイーツであるマカロンとかイチゴが乗った
その手のモノを作ったらどうなのか?

こう言っては何だけど
この手のモチーフを作る作家さんは数多く存在する
なので明らかに自分は後からなのだけど
多くの人はあまり気にしないのではないかと思う

何故か?と考えた時
多分それらは「数多く存在するから」なのかなーと
逆に私が今回思ったそれを作っている人は
居ない事は無いのだけれどスイーツやフルーツに比べ圧倒的に少ない
つまり少ない中での比較となるから目立つのだ
と、思った。

この辺は赤信号みんなで渡れば怖くない的なソレかもしれないけれど
それとは別に考えてみると
ちゃんと他の作家さんの作品と見る方達が別と認識できて居れば安心なのかな?と

例えば
誰が何を作っても
それが誰かの作品を意図的にまねしたものではなく
それぞれが『個』として考え作ったモノだという認識が得られるなら
ひょっとしたら
少なくても私のような小心者の作り手は
そこに不自由を感じることなくモノ作りを楽しめるのかな?

等など考えてみた。


もしも
そんな風に出来たら
もっと同じモチーフのモノ達が
それぞれの作家の味付けで作品となって並び
それを購入者が選べる日が来るんじゃないかと

早い者勝ち的な争いから解放されて
もっとじっくりと自分の作りたいものと向き合える世界が
見えてくるんじゃないかなと

全てが偶然とは言えない出来事ももちろんあり
明らかに黒に近いグレーな話もいっぱい耳にすると
そんな呑気な事は言ってられないのかもしれないけれど
そんな風になれたらいいなぁって
自己分析をしながら再度思ってみたりして

びくついた自分が言うのも説得力が無い話なんだけど
多くの作り手が「作るって楽しい」を届けたいと思っている中
現実は「ハンドメイドの窮屈さ」しか届けられてない現状がそこにあるような気がする

自由を得る為には
何を捨てたら良いんだろうね

なんて事をちょっと考えてみた出来事だった。



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コメント


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思ったことをそのまま書くなら、、、

自由を求めるなら、「日本で売るという概念を捨てる」だと思う!!

随分前だけど、俺が出たデザフェスで、来てくれた外人さんが「日本人は形が少し違うだけでNOと言う。アートとはそういうものじゃないんだよ!」って俺に向かって嘆いてたよwwww(何故俺にwwww

k | URL | 2014-03-28(Fri)20:19 [編集]


ぶちょへ

なるほど

オーストラリアとイギリス辺りのつてを探してみようかな(ナンチャッテ

KOH | URL | 2014-03-28(Fri)20:25 [編集]


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