神様の降りてくる時間

自己満足的に作ったものをポコポコアップしていきます

らしさとは

ブログにはアップしていないけど
その間も色々作ってはおりました。

これはデザフェス用ではないのですが
遊び心でカブトガニ等を少々(ぇ?)

CIMG0437.jpg


CIMG0438.jpg
あっちこちから光を入れて
立体感遊びをするのが好きだったりします。

CIMG0449.jpg
クラゲ同様5mmの攻防ですがw

CIMG0441.jpg
CIMG0445.jpg
右のブルー系の方が一号で
途中剥離のような現象が表れてしまったモノ。
幸い貰い手…というよりは
強引に送りこんだ状態ですがある方のお手元に渡っております。

CIMG0447.jpg
しつこいくらいに(苦笑)

私のプラバン作品はプラバンポテチやシリアルのような
歪んでなんぼな作品もなのですが
ミカヅキモやクラゲのような
薄い中に独特の立体感が出るものもやはり自分らしいかなと思いまして

ツイッターなど見ると
「自分らしい作品を」とおっしゃっている方が多く見受けられるんですが
多分その多くは「自分らしい」のがどう言うモノなのか把握してない人が多い気がするんです
だからこそそう言うのを作りたいと言うのかなーと

多分それは「個性」という2文字が背景にあっての話で

更にその向こうには他のモノとは区別して欲しいという気持ちが作用しているのではないかとも


話はちょっと脱線しますが
先日ある曲をめぐって「この曲を作った人はAさんではないか?」というのを見かけました
「AさんとBさんは同一人物なのでは?」とか
パクリという話ではなく あくまでも曲の雰囲気が似ているので
この人が作曲した曲なんですか?という類のモノではあったのですが
言われてみれば そう思いたがるのもわからなくはない 部分もあるのですが
良く聴けば耳があまり良くない私ですら違いがわかるほど
「その人の癖」自体が異なるモノとわかるんですが

なんていうんだろう
その比べられた両者がどう思っているのかは知る由もないのですが
仮に
それぞれが自分の世界観をそこに込めたとしても
それを感じる人が全くそういう「個性」の「差」をわからない人であるのなら
もうどうしようもないなぁ… と思ったり。


ハンドメイドの世界でもある
第三者のその意見でのものって
全てでは無くてもあると思うんです。

そう言うのに怯えながら
気にしながらどんなに注意して来たとしても
結果、その「個性」とやらが認識できない第三者が多数いれば
もうそこに「個性」は無くなっちゃうのかなぁと

だとしたらそれはもう防ぎようが無いので
自分と自分が作る作品との間で対話しながら
作って行くだけ 
なんていう心境になってきました。


作ってイベント等に出展するからには
多くの方の支持を得た方が良いのは当たり前ではありますが
多分そう言うモノもきっとあとからついてくることで
そこに「価値」を見出すのもまた
作り手ではなくお客さんである第三者の方達ですので
意識して行くのは
少なくても今の自分にとっては
どうにも出来ない第三者の目や声より
まずは自分の土台をしっかりすることが大事なのかな
何を作りたくて
何が好きなのか
一つ一つのモチーフにどんな思いを込めるのか
作っているその対峙している時間を
どう大切に過ごせるのか

そう言う事をきちんとしよう
という当たり前のところに落ち着きました(笑)

始まっても居ない試合の結果は想像でしかなく
現実ではない

一球を投げたところからそれは始まる

努力は決して報われるモノとは限らない
けど
後悔しない為のモノ
なのかもしれない

どこまで出来るかわかりませんが
そんな対話しあった作品を並べる事が出来たら良いな
と次のデザフェスでは思っています
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

巡り巡って、最初の頃のKOHさんに戻ったんだねww

k | URL | 2014-03-11(Tue)01:11 [編集]


Re: タイトルなし

ぶちょへ

 うーん。。。
 ちょっと違うけど(笑)
 いや、大きく違うかも(爆)

 細かく説明すると難しそうだから
 簡単に説明すると
 無意識を無意識のままで行うか
 無意識を意識して無意識の領域へ持って行くか
 位の差かな(大謎)

KOH | URL | 2014-03-12(Wed)08:55 [編集]


一度失った者の立場から

こちらには、はじめてコメントいたします。アミィでございます。
あちらにも、滅多にコメントしませんが・・・あっちにもこっちにもいつも足を運んでおります。

少し重い話になりますが、ポテチでもかじりながら「そんな考え方もあるんだね~」くらいに読んでいただければと思います。

「自分らしさ」「個性」。

私は5年ほど前に鬱を発症した時に、これらを見失ってしまいまして、なんというか、今まで人生の中で積みあげてきた自分が、ガラガラガラー!っと崩れてしまった状態になったんですね。

それから、とても不安定な状態が続く中で、すっと、早く元の自分に戻りたい・・・ん?自分とは何ぞや。どんなんが自分だったっけ?と探し続けておりました。

自分でブログを書いて自己表現することで、自分自身の在り様(ありよう)の確認をしていって、なんとなく自分ってこういう人間なんだなとわかり始めたのが最近のことです。

と同時に、「自分らしさ」「個性」に縛られることはないんだと気付きました。

確かに、私の中には、「何か」があります。「無くならないもの」があります。
鬱になって、一度無くしたのに、もう一度手の中に入れたら、「無くす前と同じだw」というものがあります。

私の中のこれは、溶けない生キャラメルみたいなやつで、なめてもなめても形がぐにゃぐにゃしながら、でも「在る」ことは変わらないヤツで。

このぐにゃぐにゃが、「私らしさ」「個性」なんだと気付いた時に、「らしさ」にとらわれなくても、それは勝手に自分の中にあって、勝手ににじみ出てくるものなんだ。私が触れる全てのもの、手に取るもの、感じるものに、個性が表れてしまうものなんだと思いました。

以前KOHさんは「らしくない」と、作品を制限されたことがおありでしたが、KOHさんが(いつもそうであるように)真剣に作る時、その子からはKOHさんの個性が、らしさが、嫌でもにじみ出てしまうんだと思います。

それを他者が読み取れるかどうかなんて、読み手に任せておけばいいジャナ~イ♪

KOHさんには、心のままに、生み出して欲しいな~と、ワタクシは願っております。

アミィ | URL | 2014-03-12(Wed)15:00 [編集]


Re: 一度失った者の立場から

アミィ様へ

 ご無沙汰しております(ペコリ)
 ご経験談を含めたコメントありがとうございます。

 おっしゃる通りその人からにじみ出てくるものであり
 どうこうできるものではないモノがそれなんだと思います。

 ってか…
 「結局それだよね」ってのが個性とか、らしさなのかもしれません。

 ラストの一文は昔友人との会話にも似たようなやり取りがあったなと
 思い出しました。

 イベント前になるといつもナーバスになるのか
 「ハンドメイドとは何ぞや?」と悩みはじめます
 きっとこれも「個性」なのかもしれません(笑)
 
 アミィさんが仰るように心のまま生み出すモノがきっと
 私らしい作品になるんだと思います
 コメントありがとうございました(感謝)

KOH | URL | 2014-03-13(Thu)17:24 [編集]